コラム
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作成日:2026/06/25
「上司の悪口を言う社員を解雇したい」と相談されたとき、私が最初に必ず聞くこと



先月、ある中小企業の社長からこんな電話がかかってきました。

「先生、もう限界です。飲み会のたびに上司の悪口ばかり言うベテラン社員がいて、若手がどんどん萎縮している。あの人さえいなければ、職場の雰囲気は絶対よくなる。解雇できますか?」

声のトーンから、相当追い詰められているのが伝わってきました。

でも私は、「すぐに解雇の手続きを進めましょう」とは言えませんでした。それをやると、
逆に会社が訴えられるリスクがあるからです。

実際、このケースは最終的に解雇せずに解決しました。でも、手順を間違えていたら、会社側が数百万円の損害賠償を抱えていた可能性がある案件でした。

 今日はその話も含めて、「上司・会社の悪口を言う社員」への正しい対処法を書きます。

 
 「悪口」と「誹謗中傷」は、法律的にまったく別の話です

 

ここを混同している経営者が、本当に多い。

 

飲み会で「うちの上司、仕事の割り振りがめちゃくちゃなんだよな」とぼやく社員と、「あの人、経費を横領してるって聞いたよ」と社内に言いふらす社員は、**同じ「悪口」という言葉で括れません。**

 

前者は、会社として制限できません。憲法で表現の自由が保障されていますし、前向きな不満は職場改善のヒントになることもある。

 

後者は、就業規則の懲戒事由になりますし、場合によっては名誉毀損罪(刑法230条)が成立します。

 

問題は「どの程度からがアウトなのか」のラインです。これが、実務では非常に判断が難しい。

 

「少人数の飲み会の愚痴」は名誉毀損にならない、という現実

 

名誉毀損が成立するには、「公然と」事実を摘示することが条件です。

 

少人数の飲み会でくり返す愚痴は、「公然性がない」として名誉毀損は成立しにくい、というのが法律の現実です。「え、でも職場の雰囲気は確実に悪くなってるんですが」というお気持ちは、痛いほどわかります。ただ、気持ちと法律は別です。

 

だから、「飲み会での悪口だけ」を理由に解雇に踏み切ると、ほぼ確実に不当解雇として争われます。

 

逆に、これが「アウト」に近づく場面があります。職場全体に言いふらして業務に影響が出ている、社内メールで複数人に送っている、そしてSNSや口コミサイトに投稿している——このあたりから、法的な判断が大きく変わってきます。

 

SNSへの投稿は、居酒屋の発言とはまるで次元が違う

 

最近、相談で急増しているのがこのケースです。

 

「Googleの口コミに、うちの会社と特定できる形で悪口を書かれた」「X(旧Twitter)に上司の実名らしき人物への誹謗中傷を書き込まれた」。

 

SNSへの投稿が居酒屋の愚痴と決定的に違うのは、不特定多数に向けて発信されるという点です。公然性が一気に高まるため、名誉毀損の要件を満たしやすくなります。

 

さらに2022年7月の法改正で、侮辱罪が厳罰化されました。「バカ社長」「あの上司は無能」のような具体的な事実を伴わない抽象的な悪口でも、侮辱罪が成立し得る。改正前は「拘留または科料」という軽い罰則でしたが、改正後は1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金まで引き上げられています。

 

それだけ社会が、こういった行為を深刻に見始めているということです。

 

判例が教えてくれる「会社が勝てる条件」と「負ける条件」

 

裁判例を見ると、懲戒処分や解雇が認められやすいケースと、そうでないケースがはっきり分かれます。

 

会社が有利になる条件として、注意・警告をしても改善しなかった、悪口以外にも問題行動が重なっている、投稿が広く拡散して会社の信用に実害が出た、といった要素が挙げられます。実際に管理職を「会社の犯罪を隠蔽している」と名指しした社員への降格処分が有効とされた判例(教育研究所事件)では、繰り返しの行為と根拠のない内容という2点が決め手でした。

 

最高裁も「業務時間外・職場外での行為であっても、企業の円滑な運営に支障をきたすおそれがあれば懲戒の対象となる」と明示しています(関西電力事件・最一小判昭58.9.8)。会社の外でやっているからセーフ、というわけではありません。

 

一方、会社が負けやすいのは、いきなり解雇に踏み切った、注意や警告のプロセスがない、就業規則に懲戒の根拠となる条文がない、といったケースです。「悪質なのは明らかなのに、手続きが不十分だから解雇無効」という結果は、経営者にとって最も悔しいパターンです。

 

では、実際に何をすればいいか

 

冒頭の社長の話に戻ります。

 

あのケースで私が最初に確認したのは、「就業規則に懲戒規定があるか」「その規則が社員に周知されているか」の2点でした。規定がなければ、何もできません。まずそこです。

 

次に、「記録がとれているか」。発言の日時・場所・内容・聞いていた人——これを文書化していなければ、後の処分はほぼできません。「みんなが知っている」は証拠になりません。

 

そのうえで、口頭注意、警告書の交付、という段階を踏む。警告書を渡すとき、受け取りのサインをもらうことが重要です。「もらっていない」と言われたら終わりです。

 

それでも改善しないなら、悪口以外の問題行動——業績、勤怠、他の規律違反——と合わせて懲戒処分・解雇を検討する。「悪口だけ」では解雇の理由として弱い。これが現実です。

 

あの社長のケースは、結果的に警告書を2回渡した段階でその社員の態度が変わり、解雇せずに職場の雰囲気が改善しました。「文書で記録されている」という事実が、相手の行動を変えることがあります。

 

「解雇したい」という気持ちの裏にあるもの

 

最後に、少し踏み込んだことを書かせてください。

 

私の経験上、「あの社員を解雇したい」という相談の半分ぐらいは、**解雇そのものが目的ではありません。**「職場の空気を取り戻したい」「他の社員を守りたい」「自分の経営判断を否定されたくない」——そういう切実な思いが背景にあります。

 

解雇はあくまで手段のひとつです。それが最善かどうかは、ケースによって全然違う。

 

もし今「うちの会社も似たような状況かも」とヒヤッとされた方がいたら、まず一度ご連絡ください。状況を聞いた上で、解雇が本当に必要かどうかも含めて、一緒に考えます。

 

 

*本記事は2025年時点の法令・判例に基づいています。個別のケースは必ず専門家にご相談ください。*

 
お問合せ
桐生社会保険労務士事務所
〒231-0027
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